救急車は呼べなかった。救急搬送にも適用される選定療養費が投げかける「ためらい」について

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父が痛みを訴えたけど、すぐには判断ができない場合

2月2日の節分の日の食後

現在、僕は要介護1の父と要介護2の母(認知症)と仲良く暮らしています。

その日は節分で、豆まき、太巻きと一通り行事を終えて、リビングで休んでいる時に父は痛みを訴えはじめました。

「鬼はー外」「福はーうち」とやった直後に、容態が悪化したので、今年はいいことがないかもしれない。

と、なんとなく思いましたが、半分は笑い話として消化しています。

救急車呼ぶか?

父の痛みはさほど大きな刺激はなかったのか、「痛い」「痛い」と言って、起きたり寝たりを繰り返していました。

「どうする? 救急車呼ぶか?」

「要らん」

毎回のことながら、自分のことじゃないからそれがどれほどの症状なのかもわかりません。

救急車を呼ぶ見極めが難しい

これまで父は僕が介護をはじめてから3回、救急車で運ばれています。

胃潰瘍で吐血したときは驚きましたが、すぐに救急車を呼びました。

コロナに罹患して高熱になった時、どうしようもなく救急車を呼びました。

痛風の発作で動けなくなり、床から立ち上がれなくなり救急車を呼びました。

なので、もし何かあればまた呼ばなきゃならないと思っていたから、今回も父の胸が痛み出した時から見極めをどうするかを考えていました。

救急車を呼ぶか、呼ばないか、迷っていた段階

2月3日朝。

翌日、父の痛みに緊急性がないことを自分なりに見極めて、父にカロナールだけを飲ませて、仕事に出かけました。

職場に着いて、30分ほど働いていたら、母のデイサービスの送り出しの支援に来ていたヘルパーさん経由でケアマネージャーから連絡がありました。

「お父さんを今、家で1人で寝かせておくのは危険なので、なんとか家に帰ってください」

父の我慢が障壁となる

僕自身は、仕事の後、容態を診てから病院へ連れて行くか行かないかの判断をするつもりでしたが、ヘルパーさんにもケアマネさんにも助言されるぐらい父の容態は悪かったんだと思います。

早退させてもらい、家に帰ると父はリビングのソファの上で寝そべっていました。

「どうや? 痛いか?」

「痛い」

「病院行くか?」

「まあ、大丈夫やろ」

という問答の繰り返しでした。

病院へ行くというところまで口説いたが

といっても今後の介護のこともあるので、このまま父の痛みが回復しないで、今日一日を終えるわけにもいかないので、とりあえずかかりつけのドクターに診てもらいに行こうというところまで、父を口説き落としました。

病院に電話して少し熱っぽいのでというと発熱外来でと言われたので、車の中で診てもらえるから、父に服は変えなくていいからとりあえず助手席まで何とかして乗ってくれるかと言いました。

が、正直なところ父はもうこの頃、痛みがピークに達していたんだと思います。

だんだん父も動けなくなってきた

「救急車呼ぼか?」

「要らん」

「ほなら、車に乗ってくれるか?」

「もう少し寝させてくれ」

「痛いんやろ?」

「痛い」

「ほなら、病院行って薬もらいに行こや」

普通の判断なら、もう救急車でもいいと思った

正直、僕はもう救急車を呼びたいなと思いました。

前回、前々回、そのまた前々回も、このタイミングで救急車を呼んで、父をストレッチャーで運んでもらい本当に助かったと思いました。

ですが、今回に限って僕は救急車を呼ぶのをためらいました。

僕の住む自治体の三重県松阪市では、昨年、令和6年6月1日から「救急搬送においても選定療養費が導入」されるようになり、なんとなくモラルを試されているような気がして、呼ばない判断をしました。

選定療養費が投げかける「ためらい」について

令和6年6月1日から選定療養費が徴収される

選定療養費については、もともと市内の3基幹病院にかかる時は必要な費用でしたが、これは以前までは救急搬送の場合は発生しない費用でした。

それが令和6年6月1日から、必要がないのに救急車を呼ぶ患者が多いので、救急医療を守る為に、松阪市では救急車を呼んで、入院に至らない場合や、医師の判断で救急車を使うほどのことのない症状だと認められたら、選定療養人医師て7,700円を徴収されるということになりました。

全国ニュースでも取り上げられた大きな話題でした。

軽症者が救急車を使わさないようにするため

つまり軽傷で救急車をつかわれないように予防線を張ったというのが、今回の選定療養費なのです。

もちろん、僕自身はこれまでの経験で、父の搬送でそういう風に軽々しく救急車を呼んだことはありません。

もちろん、1回目、2回目、3回目と回数を増すと救急車を呼ぶ心持ちも慣れてくるので、とても落ち着いたものですが、それでも痛みを訴える身体の不自由なものを自家用車で運ぶのは大変です。

今回の判断は難しかった

今回は、父は「痛い、痛い」と訴えるのですが、これまでの瀕死の状態ではなく、かろうじて歩けることもできるようでした。

とりあえず車まで歩けるようなら、クリニックまで乗せて行って、そこからドクターに診てもらって、抗生剤でも飲めば治るだろうぐらいの気持ちでいました。

父がまだ自立した大人で、痛いけど、歩けるという場合なら、救急車は呼べないけど、父のような痛い理由もわからず、病院という言葉を聞いただけで拒否反応するような要介護者は、救急車を呼んでいいと僕は考えています。

今後、もっと見直して欲しい部分はある

あともう一つ、選定療養費の7,700円ですが、僕の意見を言うと、それを支払っても救急車を出して欲しいというのが本音です。

介護タクシーでも初乗りで5,000円近くかかるのだから、救急車の7,700円は正直、安いです。

この条例が決まったニュースを見た時、「もっと徴収しないと、使う人間はタクシーがわりに使うよ」とテレビにむかって意見したものです。

最終的な判断は正しいものだと思います

ただ、そう思う一方で、顧客の倫理という観点からよく、自分を見つめる癖があり、常に良客でありたいという意識が僕には強すぎて、今回の救急車を呼ぶか、迷った際に、父が歩けるのに呼ぶことに、ある種の後ろめたさがあり、本来なら救急車を呼んでいたと思われるが、呼ばずに対応することにしました。

もちろん、呼ばずに対応できるなら、そうするべきという意見が大半だろうが、病弱な要介護の父なので、出来れば極感の2月に無理はさせたくないという気持ちもあります。

それで救急車を呼ばなかったのは、やっぱり呼ばなくても対応できるという判断があったんだと思う。

僕自身は選定療養費の制度には賛同している

ドクターXのように父を診てくれた先生に感謝

そして、結局とても苦労して、車に乗せて、クリニックに着いたのは12時前。

午前中の診療が終わる間際でした。

看護師さんが車まで来てくれて、すぐに車椅子を用意してくれて、すぐに病院の奥のベッドの部屋へ寝かされました。

血圧から、酸素濃度、体温と計測してから、ドクターがやってきて、父の胸の後ろあたりをポンポンと叩いて、「胆石やろな」と診察して、CT写真を撮って、すぐに3基幹病院の一つを紹介するので、そちらで診てもらいましょうということになりました。

ドクターの判断で

このかかりつけのドクターは女医さんでとてもさっぱりした先生で、僕は信頼しているのですが、やはりすごくいい先生でした。

基幹病へ連絡をとって、すぐに行けるように整えてくれて、僕のところへきて「救急車を呼んだから、あなたは先にもう今から病院に向かって」と言いました。

僕は内心「そんなに簡単に呼んじゃうの?」と思ったけど、やっぱり父はわりと大変な状態だったんだと思った。

「お父さんは相当痛いと思うから、救急車で行ったほうがいいわ」

自分が全部、責任を負うなら、どんな判断もできたはず

ドクターが呼ぶのだから、救急車を呼ぼうと思った僕のもう一つの判断は間違えではなかったんだと思う。

それにそれは後から思ったことなんだけど、倫理だ良識だとか言って、救急車を呼ばないことで自分を正当化したところで、苦しんでいる父がいるなら、自分がどれだけ人から非難を浴びようとも救急車を呼んで助けれやらないといけないと思った。

自分が恥をかこうが、後から救急車の不適切利用とか言われても、僕がそれを全部、負えばいいだけの話だ。

今回、父は胆嚢炎で3週間入院したんだけど、もしこれがもっと緊急性の必要な病気だったら、僕の自家用車でクリニックへ向かった判断は間違いだったわけである。

今後、選定療養費が投げかけるものについて

だからといって、僕は松阪市の選定療養費の制度を否定しているわけではない。

やはりこの制度は必要であり、もっと厳格化する余地もあっていい。

一方で、救急車を利用する人はやはり葛藤したり、これは適切か不適切かを考える必要もあっていいと思う。

それぐらい大切な医療だということは、助けてもらった家族が一番よくわかっているから。

判断は難しいが、誰もが判断を繰り返して、成長していくのだから、こういう機会でしっかり学ばないといけないと思い、フィードバックとして書いてみました。

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